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年末年始のテレビ番組とガンダムの人気から、人間の本質と魂の歓喜感動のしくみを読み解いてみる

 
 早いもので今日いっぱい、12月31日が過ぎれば2007年もあっという間に終わりとなり、明日からはもう2008年が始まります。
 
いつもこの時期になると感じるのですが大晦日の夜の紅白歌合戦とか日本レコード大賞などという1年の締めくくりの風物詩に加えて、年末年始は映画や時代劇、アニメやドラマの再放送まで、テレビ番組が目白押しになりますよね。
 
こういった普段とは違う番組編成を見ると、本当に「今年も終わりなんだなぁ・・・」ということをしみじみと感じます。そのほかにもニュースで今年一年を振り返るという番組やドキュメンタリーなどもあり、今年の食品についての偽装問題が何度も取り上げられてました。
 
ですので今回はこの大晦日のテレビ番組、とくに映画やドラマ関係などのエンターテイメント系の番組を通して感じたことを述べてみたいと思います。
 
ニュースや料理番組やドキュメンタリー系の番組などの知識系は別としましても、エンターテイメント系の番組というのはよくよく考えますとわれわれは何のために、また何が楽しくて見ているのでしょうか?
 
一言で言えば、「見てて面白いから」ということなのでしょうが、では番組を見ていて具体的にどの部分が面白いと感じたり、また見たいと思ったりとか、時には涙を流したりして「感動」をするのでしょうか?
 
映画で大ヒットを飛ばしたりする作品もあれば大コケする作品、または昔から名作と呼ばれる作品があったり、テレビでも視聴率が良かったりするものは話題性もさることながら、ほかの普通の作品とは違う何かしらの理由があるはずだと思います。
 
特に時の洗礼を経てきて昔から「名作」といわれて語り継がれてきたものの中にはその秘密というか、人々に「また見たい」と思わせるだけの理由があるはずではないでしょうか?
 
最近ですとドラマや映画も制作費が巨額になってきている傾向があり、作り手側もそう簡単にはずしたり大コケできなくなっているので人気小説やマンガを原作にしたものや、ヒットしたものの「2」とか「3」などの2番煎じ3番煎じなどで同じ柳の下のどじょうを狙うという傾向が強いようです。
 
ごく最近の例で言いますと、ケータイ小説で女子中高生に大ヒットを飛ばした「恋空」は新垣結衣主演で映画にもなりロングランの大ヒットを飛ばしており、マンガで大ヒットとなった大学生の恋愛や人生の悩みを描いた甘酸っぱい青春群像劇「ハチミツとクローバー」はアニメや映画で当たったことを受け、2008年1月から成海璃子主演でテレビドラマ化される、というニュースも最近ありました。
 
社会現象にもなったガンダムやエヴァンゲリオンなどのアニメを見ましても、もはや「オタクの文化」と一言で切って捨てることができないほどアニメは驚くほど深いエンターテイメント性を備えた人間ドラマとなってきています。
 
たとえばガンダムなら、それまでの単純な戦争モノやヒロイック(英雄的)な「マンガ」としてではなく、主人公が弱さや迷いや葛藤をさらけ出す人間模様を通して、ドラマとしてそれまでのロボットものでは考えられなかった深みを持たせており、エヴァンゲリオンにしても聖書や死海文書などの高度な霊学知識とともにバイオ・ナノテクノロジーが山のように盛り込まれている、ガンダムとはまた違った意味でそれまでにはなかった、驚くべきアニメ作品となっています。それプラス、かわいい女の子たちも出ていた、というのが人気をダブル・トリプル的に加速させた要因ではないかとも思っています。
 
つまりそういった、観客を惹きつける深い内容があったからこそ、結果として何百億という市場をも生み出す社会現象になりえたわけです。この、エンターテイメントとして優れた内容の作品は世の中を大きく動かす要素を秘めている、ということをさらに検証するために、日本のなかでさらに時代をさかのぼってみてみますと今までおそらく最も多くの日本人の心を打って感動させてきたであろう物語は、もちろんどれが一番かというのは甲乙つけがたいものがありますがベスト3やベスト5には間違いなく入る優れたものとしては「赤穂浪士」が上げられるのではないかと思います。
 
無念の死を遂げた主君の仇討ちを艱難辛苦を味わいながら遂げたあと、忠義の士ではあるけれども法的には仇討ちは禁止されているからとして切腹の命を受け、それを悄然としてその命を受け、見事に自分たちの命を惜しまずに切腹して果てたという、庶民からしてみれば「主君の仇を打った忠義の士なのになぜなんだ!」ということでこの措置には不満が大きかったこともあり、そこから浄瑠璃や歌舞伎などで大きく語り継がれていくことになったというわけなのです。
 
これらの大ヒット、または多くの人々の心を捉えてきた作品に共通する要素というのはあるのでしょうか? 時代もジャンルも超えた作品の中でも、その奥に流れる普遍的な要素というのは果たしてあるものなのでしょうか?
 
先ほどの「ガンダム」の話で言いますと、赤穂浪士たちの人間ドラマに匹敵するような感動的な人間的交流は、たとえばアムロ・レイとシャア・アズナブルの間で交わされた会話の中に共通するものとしてあったのでしょうか? または「ガンダムSEED DESTINY」の中で、ライバルだからこそキラ・ヤマトとアスラン・ザラの間で時に憎み合い、時に助け合うときこそが感動的だった友情のエピソードには、昔からの作品に共通する要素はあったのでしょうか?
 
実は私は今も昔も変わらない、感動のエッセンスの素(もと)が「ある!」と思ったからこそその共通点を、「占い」という切り口で分析する私のブログで取り上げたいと思ったわけなのです。
 
今はそれほどでもないのですが、昔は「少年ジャンプ」は最盛期で600万部を売り上げて人気のマンガもかなり抱えて連載をしていました。「ドラゴンボール」や「北斗の拳」などはその筆頭だったのですが、当時のジャンプの編集部の方針として、必ずマンガを作る際は少年たちが好むある方向性を盛り込むこと、という方針があったそうです。
 
それは何かといいますと「努力」「友情」「勝利」、ほかにも「正義」「仲間」「信頼」「勇気」などです。
 
これらの言葉は文字は一つ一つ違うのですが、見ていくとなんとなく少年たちが好みそうな共通するニュアンスがあるのを感じていただけましたでしょうか・・・?
 
赤穂浪士の場合は「忠義」「献身」「犠牲」「奉仕の心」にまとめられるのではないかと思います。 里見八犬伝では物語の中に8つの玉の名前としてモロに儒教的道徳といわれていた「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」という言葉が出てきていました。
 
エヴァンゲリオンの場合は、最も人気の高かった女性キャラクターで綾波レイという娘がいるのですが、この娘は無愛想に見せておきながらも最も「献身」という美徳を言葉ではなく行動で体現していました。
 
タイタニックのジャックもそういった大切なもの、命を懸けて愛する人を護るということを教えてくれたのではなかったかと思います。(もちろんこの映画やドラマ、全ての作品には人それぞれの感想がありますので必ずしもそう思わなかった人もいるかと思いますが、良くも悪くもあれだけの興行的大ヒットを飛ばしたことから推察されることを申し上げております。)
 
ほかにも古今東西の話や感動的な映画の核となるキーワードをひとつひとつ上げていけば切りはないのですが、まだ話は半ばなのですが今日の結論に入っていきたいと思います。
 
昔から人々の心を打ってきた物語や史実の中に私たちの心を感動させるエッセンスがあり、ひいてはそれを私たちが行うことによって周りの人を感動させたり幸せになってもらうことによって徳を積むことで運が良くなり、その結果自分たちも幸せになる秘訣が隠されているのではないか?ということです。
 
私たちがその作品を見てきて魂を震わせ歓喜感動したことを、自分たちが行うことが出来たならばその生き方で周りの人たちを感動させたり、ひいては自分が徳を積むことにもつながり運がよくなって、結果的には自分も幸せになることが出来るのではないか?ということです。
 
そのエッセンスを自分の中に内包して、周りの人を感動させられるような生き方として体現しているのであれば、徳を積んで運気が良くなり、周りの人も「カリスマ性」や「魅力」を感じるので仕事でも恋愛でも応援してくれたり、結果が出てきやすいのではないか、と思うのです。
 
田中角栄やソニーの井深大氏もそうなのですが、過去のカリスマ性のある政治家や経営者、恋愛遍歴の豊富だった小説家や女優などを見ましても、やはりそういった人間的魅力、意識しない本質からの行動や稚気などに魅力があり、その中に周りの人たちをひきつけるものがあってあれだけの大きなことを成し遂げられたと思うのです。
 
そういった過去や今現在の、面白かったり感動したりする作品から導き出されるエッセンスを意識して手帳などに書いたり壁に貼ったりして潜在意識に刷り込み、普段の生活の中で周りの人たちなどに対して体現していく、というのはいかがでしょうか?
 
今回はいつものように運をよくするためには周りに対して良い影響、徳を積んでその結果自分が幸せになるためには?というテーマを、「エンターテイメント系の感動する作品の中から導き出して自分の潜在意識に刷り込む」という方法からアプローチして見ました。
 
仮にそこまでやったとして結果が出ないとすれば、第一歩の努力がないかその継続の量が形になるまでいたっていないか、あるいはその良い蓄積があっても表に出てくるまでの運気の後押しがないか、といういずれかが考えられます。
 
もしすでにそういう良い蓄積は相当重ねてきたと思われるのにまだ開運にいたっていないという人は、ここで吉方位に行って努力を実らせる開運のパワーをみなぎらせてくるか、あるいは空亡期をまって開運するか?という手が考えられますが、そうなればまるで油に火をつけるように一気に開運することでしょう!
 
余談ですが細木数子氏が看板のテレビ番組であった「ズバリ言うわよ!」を2008年の3月一杯のクールで降板するというニュースがありました。ほかのテレビ番組も徐々に降りていくようです。その理由はいろいろとささやかれていますが、私から言わせれば前のブログの記事にも書いた通りです。
 
過去約10年間の目に見えない、おそらく死ぬ気死ぬ気で精進した刻苦勉励、大きな努力の蓄積が2005年から2007年での大殺界(空亡)時に運気の調整作用により大きく開運してテレビ番組や著作で大ヒットを飛ばして、だいぶ蓄えが吐き出されてなくなってきたからこそまた通常の運気のペースに戻った分、活動も通常のペースに落とすことになったということの表れに他ならない現象、と見ています。
 
でなければ普通だったら身を固く慎まなければならない大殺界時にテレビやマスコミに出まくって、大殺界が終わったらテレビへの露出も控える、というまるで今まで言ってきたことと反対の行動は説明出来ないと思います。
 
話が余談にそれてしまいましたが、そうやって昔から今に至るまで、人々が見たり聞いたりして感動するような話の中に脈々と流れている感動的なエッセンスを、日ごろから自分も取り入れて体現する生き方をしていれば仕事・金運・恋愛・結婚・の面でも大いに道が開けるのではないか?ということを申し上げたかった次第です。
 
そしてそこに一工夫、占いのテクニックを織り交ぜることによって効率的に、「正をもって合し、奇をもって勝つ」という兵法のセオリー通り、日ごろの行き方として正しく周りの人のためになる生き方、徳を積ませていただく日々がベースにあるところに方位学を応用することで、抜群の開運効果を発揮することが出来るのではないか?ということを申し上げたかったのです。
 
とはいいましても、「普段は自分が大事で、なかなかそこまでは・・・」という人もいるかと思います。というよりもそういった人が大勢いるからこそ、そうでない少数の人が目立って映画やドラマの話になって人の心を打っているのではないでしょうか?
 
「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」という言葉があります。人の心を打つエッセンス、キーワードでもあった「努力」「友情」「勝利」、「正義」「仲間」「信頼」「勇気」または「愛」「真心」「献身」「犠牲」「奉仕の心」のうち、どれかひとつでも日々の生活の中で試みて、体現することが出来たら、それは普通の人の生活から見てもかなりすごいことです。 人間は死ぬ気になったときが一番強い、という言葉もあります。
 
もうすぐ正月の初詣の時期ですのでお伝えしますが、神社での祈りがもっとも通りやすい祈り方、というのがあります。それは100%ではなくても、20%を自分の願いをかなえるために祈って、残り80%は純粋に誰かのために、愛情と真心が心に満たされている状態で祈る、ということです。
 
これを神社のお参りだけではなく、1日のうちに数分から十数分、時には数時間日常の生活の中で持つことができれば、それは開運にとても大きな影響を及ぼすのではないでしょうか?
 
人間である以上煩悩や世俗の感情はありますので全てを利他の気持ちで、と無理して祈ったり人間としての感情を押さえつけすぎるとかえってゆがみを生じたり偽善などになる可能性もあります。
 
あなたは1日のうちで自分以外の誰かのために、純粋な利他の思いで過ごす時間をどれだけ使っているでしょうか?
 
ボランティアとか掃除とか、特にトイレ掃除が金運を良くすると言われているのは、楽ではない分利他の想いがきわまる比率が高くなる行為だから、という理由もあるからなのではないかと私は見ています。
 
そこに金勝要神(きんかつかねのかみ)が、反本地垂迹説でいうと仏教の現実世界に近い次元に化身して、烏樞沙摩(うすさま)明王となりトイレに宿っている、と言われています。
 
その神様に対して利他の想いでトイレ掃除をしているときが無形の祈りとなり、その結果大きく金運が授かる、という見方も出来るのではないかと思います。
 
・・・また今回も少しだけ話が長くなってしまいましたが、改めて結論を言いますと 占いでの開運を求めるのであればそれはあくまでも 徳を最も多く積んだ者こそがもっとも多く幸せになれる、というこの世の因果応報の法則に基づいた観点から観て大いに揺るがない基盤を作ったうえで、具体的な開運のテクニックの方位なども使い、そして人間としてできうる限りの努力も重ねた上で磐石の揺るがない幸せをつかみ取っていただきたい、ということで今回のお話をさせていただいたという次第です。
 
そのための第一歩として 年末年始のテレビ番組や映画などに観る、人を感動させるエッセンスを自分の中にも取り入れ、日々の生活や行動に表していくことで自然に徳を積むことにつなげ開運して幸せになる、ということを申し上げたかったのでした。
 
「エンターテイメントのエッセンスを、自分が幸せになるための開運に活かしていく!」ということです。
 
2008年は私もこの考えで、あなたとともにさらによりいっそうこの流れを進めていきたいと考えています。それが私の2008年の抱負です。 それではどうぞ来年も、よろしくお願い申し上げます。 m(_”_)m
 
次回は2008年のプレゼントとして、皆様の年運についての傾向をお伝えさせていただきたいと思います。
 
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