開運の仕組みとは何か?

世の中にはいろいろな開運法があります。お守り、パワーストーン、印鑑、墓相、風水、吉方位旅行、引っ越しなどといったものです。つまり自分以外のところから運をもらってきて開運して幸せになろう、というものです。今挙げたものはある物やグッズに込められたパワーを身近に置くことによってエネルギーを得たり、あるいは家の中に置いたり、または自分がその方位に出かけて行ってエネルギーを大きく充電してきたり、という考え方に基づくものです。

 

が、実は開運法とは打ち出の小づちではないのです。開運するためにはまずその元を蓄えることが重要となります。でないとエネルギーを呼び込んでばかりですと、自分の内面のその元のエネルギーがどんどん少なくなっていって、枯渇していくという本質的な危険も内包しているのです。その仕組みと対策を今から述べていきます。

 

開運法を実行する前に知っておかなければならない大切なこと

よくアメリカで何百億の宝くじが当たった人がそのあと急に不幸になったり、事故に会ったり、という話を聞きますよね。または良いことばっかりあったときに人は「これで運を使い切ってしまったんじゃないだろうか・・・」と冗談交じりに言ったりしますが、実はこれは天の法則から見ますと言い得て妙、その通りなのです。


開運、とは開いて運ばれると書きますが、では何が開かれて運ばれるのか?


私は昔の人が「徳」と呼んでいた幸せの元となるエネルギーが勢いよく運ばれてくるときが「運が良い」ときでそれが続いているときが、「運が開けている、開運している」という状態だと考えています。


では徳とはいったい何なのか?


中国の「陰隲録(いんしつろく)」という本では、人にはもともと持って生まれた徳分、陰徳とか陽徳とかいわれる人を幸せにしてきたエネルギー、または「ありがとう!」といってもらえた感謝の想いの総量があって、それらのエネルギーを一定の波、運気のペースで消費しながらこの人生を生きている、という風に考えられています。


昔の本では難しく書かれていますが徳とはつまり、人に心から喜んでもらえた絶対量のことであり、言い換えれば「ありがとう!といって感謝の笑顔を向けてもらえた時のエネルギー」のことです。


別な言い方をすればなんてことはなく、人様を幸せにした分、自分も幸せになれる。何も無いところから幸せは出てこない。出した分だけ入ってくる、ということです。


世の中の商売的に考えても、お客様に喜んでもらえるようなサービスを深く心配りをしたり仕組み作りをうまく構築できたところにはお客様がどんどんやってきて売り上げが上がり、物質的な豊かさ、売上や金運となって良いサービスを出したところに返ってくる、ということになります。ある意味目に見えない徳、喜びのエネルギーは目に見える物質的な面ではお金の流れとなって、良い喜びを出したところには物質的なリターンとなって返ってくる、という見方もできます。


これは単なる観念論ではなく、目に見える部分と見えない部分の全体を含めて、そういった徳と呼ばれるものがある時はお金、ある時は幸せとなって媒介してこの社会や人間同士の間を流れているのです。

 

引き出す一方だと、元本は少なくなるばかり

そこでまた世の中の開運法に戻っていきますと、その手段は別として運がよくなるようなことをしていきますと、その手段が効果が大きいほど、運気もまた大きくやってきます。

ただし開運法だけですと運がよくなった分、自分が元々持っていて眠っていたエネルギーの源を呼び起こしてそこから引き出した分、エネルギーの元本は少なくなるのです。


銀行口座に例えれば、口座に100万円あったものを、どんどん効率の良いパーセンテージで引き出していく、ようなものです。開運法の効果が高いものほどその引き出すパーセンテージ、効率も大きいのですが一方では残高自体はその分大きく減っていく、とも言えます。


世の中というのはエネルギー保存の法則、錬金術で言うところの等価交換の法則があり、つまり何もないところから幸せはやってこないのです。


本来開運する時というのは、それまでに傾けてきた努力や学び納めてきた知識、苦労して辛酸をなめてきた分の葛藤の量などが後押しして追い風となって運気がよくなり環境のステージが変わり開運し幸せを得る、というのが自然の摂理なのですが、単にちょっと何かをしただけで爆発的に運がよくなって楽に幸せになる。。。
そういったことが世の中にあれば楽なのですが、、、実はそんなことは世の中にはあり得ないのです・・・。
よく世の中には詐欺事件で何百万、何千万だまされるという話が後を絶ちませんが、はたから見ると「なんでそんなことが分からなくて何百万も騙されるんだろう・・・」と思いますよね。


自分が当事者でないとそのように思いますが、この手の話が時代は変わっても後を絶たないことを考えますと、結局そういう時というのは、自分自身の欲に騙されるのです。これを買えばものすごく儲かってこの後の人生が楽に暮らせる・・と。


でも見えない世界の法則からすれば、楽して大きな開運というのは、何もないところから幸せが湧いてくることがあり得ないように、世の中的にもありえないのです!


あくまでも自分がそれまでに積んできたものが効率よく引き出されて豊かさや幸せに変化する、という因果応報(いんがおうほう)の大原則があり、それに則った開運が真の開運であり、その働きというのは心の成長や努力を極めて効率よく促進してくれて、周りに良きものを出させてもらえる追い風を大きく吹かせてくれるもの、それが本当の開運効果であり、そこから大きく身の周りに喜んでもらえることを貢献できてその積んだものが大きく積み重なっていったときに、あるときコップに水を注いでいったものがコップのフチから水があふれ出してくる瞬間、それが開運期といわれている時期となります。

 

効果の大きい開運法ほど、使い方には注意を要する

開運の仕組み自体はここまで述べてきた通りなのですが、やはり開運法を使う際には注意点もあります。色々な開運法の中で、結論を言ってしまえば吉方位を活用した旅行や引っ越しが最も効果が高いと私個人は思っていて、世の中でも方位を活用した開運法はかなり多く出ているのですが、ではその効果の大きな吉方位旅行や引っ越しをどんどん行って行ったらそれだけでいいのでしょうか。


単に吉方位に行ってご利益的に良いことが起きてきたらそれだけで人生はいいのか、それで真に永続的な幸せが得られるのだろうか・・・。今の世の中の吉方位活用というのは、多かれ少なかれみなその視点であり、人生における人間的な成長と、ご利益主義的に行くだけで良いことが起きて来る、ということの間の接点を解いている方位学というのは皆無です。


私はまずそのご利益主義的な吉方位活用に対しては、「NO」だと思っています。


吉方位のことを説いている私が言うのも何ですが、まず開運には「底の深い、自分の成長や覚醒からの開運」と「底の浅い、表面的にわかりやすい現象が出る開運」の2種類があると思っています。


深い部分からの開運とは、自分の性格や行動の傾向を知り、長所は伸ばし短所は気を付けるようにしていくこと。そして自分が持っている長所を自然と発揮できて、どんなに大変でもそれが本質的に合っていて向いているからこそ、心からの喜びと共に頑張れて、心の底からのやりがいと共にやっていける仕事や趣味を持って継続することにより内面が成長して開運すること。


自分で自分の性格の至らないところを改めていくというのは自分だけではできず、仕事や対人関係で時には痛い目に合ったりして体で覚えていくので時間とエネルギーがかかるものです。


それはなかなか大変で、時には反動や挫折なども出て来るかもしれません。


そして浅い部分からの開運というのは、まさに開運法を使って良い現象を呼び込もうというものです。それを使えばいいことは出てきますが、それだけです。幸せなことは確かに訪れますが、その幸せを誰かのために使うという想いと仕組みが作れればいいのですが、幸せを味わって終わり、ですとそれこそ運気の源を使ってそれで終わり、ということになります。


決して表面的な開運法が悪いという事ではありません。ただし開運効果の仕組みが分かって、その良きエネルギーをまた周りに廻して良循環を構築していこうという認識がないと、ゆくゆくは白すぼみ、先細りの人生になっていくという危険性も秘めている半ば危険なもの、それが効果の高い開運法にもなり得るということだったのです。

 

幸せの良循環を作ってこそ、今も未来も永遠に幸せ!

では開運法は使ってはいけないのか、大きな効果が出て来る吉方位には行ってはいけないのか?

そんなことはありません。先ほど述べたように、どんどん吉方位には行きますがその代り得た運気で周りの人たちも幸せになってもらい、みんながこの大きな運気によって幸せになる仕組みづくりが出来た時、その前にみんなが喜んでいる顔を見るのが自分も楽しい、という心構えが出来た時、深い部分の成長と表面的な幸せが結び付き、真の意味での開運を呼び込むことが出来るのです。


ここまでわかって頂いたうえで開運法を使っていただきたいのです。


特にこれから世の中に出して行きます大きく開運効果をもたらす方位学「十干十二支気学」は、得た運気を周りの人たちのために使っていき喜んでもらえる顔を見るのが楽しい、という方でないと、開運効果が高いだけに危険でもあるからです。


自分だけの独善や独りよがりの幸せが満たせればそれでいい、と考えて効果の高い開運法や方位学を使うとあとから自分で自分の首を絞めることにもなりかねないからです。


世の中の方位学を説いていてこういったことを言っているところはまずないと思いますが、大事なのは手段ではなく目的なのです。


よく切れるナイフほど、料理にも役立ちますが指を切ったりや人を傷つけてしまう力も持っています。
高性能の車ほどスピードも出て目的地に早く着きますが、その分使い方を誤れば物を壊したり人を傷つけてしまうかもしれません。


火だってそうです。文明は火とともに始まりましたが、作り上げたものをあっという間に灰にしてしまう力も持っています。


開運法も同じです。


方位の力は大きいですが、吉方位と同時に凶方位もあります。


また、吉方位だけを取りすぎると先のように弊害があって空亡期に帳尻を合わせる作用が働くケースもあります。


その場合は吉方位は年盤月盤メインで採り、日盤や時盤はあまり気にせず人生上で味わわなければならない苦や凶作用は小さく散らして味わう。


しかし大きな結論は吉になるように、「最終的な」吉作用を人生のポイントポイント、それには引っ越しが大きくかかわってくることが多いのですがそのようにセッティングしておくことで人生をどんどん良きものが積みあがっていきゆるぎない幸せが構築されていくように仕組みを作っていく。


これが方位を活用した真の吉方位活用法ではないかと私は考えており、その手段として最も有効な吉方位というものを鑑定を通してお伝えしていっているのです。