四柱推命とは?

五行の相生・相剋

身旺(みおう)・身弱(みじゃく):五行バランスを整える(推命気温+パワーバランス)

巡りくる運勢、大運(たいうん)・歳運(さいうん)

最も大事な点 五行エネルギーバランスを観る視点(まずは推命気温、その次にパワーバランス法にて)

内格と外格

 

四柱推命とは?


一言で言うと、元々生まれ持った要素=原命式(げんめいしき)に、巡りくる運勢 10年ごとの運勢の大運(たいうん)と1年ごとの運勢の歳運(さいうん)が加わったことによる木・火・土・金・水の五行バランスがどう変化するかを見て、過去や現在や未来に起こり得ることを観ていこうという占術です。

自分の生まれた日を中心にしてそれ以外の年・月・時間も合わせた4つの柱の干支(えと・かんし)の五行エネルギーの総合バランスの推移により、人生における運勢や性格、相性などを観ていく占いです。


十干(じっかん)・・・天干(てんかん)とも言います。甲(こう)、乙(おつ)、丙(へい)、丁(てい)、戊(ぼ)、己(き)、庚(こう)、辛(しん)、壬(じん)、癸(き)の10個の干からなります。


十二支(じゅうにし)・・・地支(ちし)とも言います。子(ね)、丑(うし)、寅(とら)、卯(う)、辰(たつ)、巳(み)、午(うま)、未(ひつじ)、申(さる)、酉(とり)、戌(いぬ)、亥(い)の12個の支からなります。

これらの組み合わせで、性格や廻りくる運勢、その結果自分にとってはどんな吉凶、または現象が出て来るのかを読み解いていくものです。

五行の相生・相剋

四柱推命とはさらに噛み砕いて言い換えれば五行占い=木・火・土・金・水の五行占いとも言えます。つまり自分を大自然の中の一部としてとらえ、どの木・火・土・金・水の気が多いか、または運勢的に今がどんな季節の中にいるかを見て、人生における自分の状態を分析していくものです。

ただしあとから見ていきますが、気学では火生土、火が燃えて土が生じると見ますが、四柱推命では必ずしもそう見ないこともあります。

たとえば十干で言うところの丙(ひのえ=太陽)は火のグループに属しますが、甲(きのえ=樹木)や乙(きのと=草花)は太陽を生むわけではなく、逆に太陽の火の光から恩恵を受ける側と見ます。つまりどちらかと言えば火生木という関係なのです。

ですので一概に気学や、通変星的な(5つの通変で木火土金水の順番で時計回りに木が廻っている)とばかりも言えないようなケースも実際にあるところが、四柱推命を難解なものにしている一因でもあります。

しかし最初からそういったことを細かく見ていくと、頭がごちゃごちゃになってしまいますので、そのようにいずれ奥深い内容もあるのだということを踏まえて、最初は順番に基本から見ていく事が上達の一番の近道となります。

身旺(みおう)・身弱(みじゃく):五行バランスを整える(推命気温+パワーバランス)


分かりやすく言いますと、たとえばあくまで<一般的な命式の場合>は、大樹のような命式があった場合は鋭い刃を持つ鎌がやってきて切り倒されてしまう時期はよくないと判断します。逆に樹木に太陽の光が当たってすくすくと成長している時期は自分も活かされて脚光を浴びたり活躍できる良い時期、と観ます。

官星の働きにより自己の本質が著しく傷つけられる。周りから圧迫される環境や思い通りにならない環境により苦しい思いをしたり、そこから自分自身で自分の良さを否定してしまうような悩みに陥ったり、思い違いや思い込みや、または針のムシロに座るようにストレスを感じやすい時期という風に観ます。

ただし身旺と身弱の場合では違います。日主が身弱の場合はますます日主の木気が弱るので凶作用ですが、逆に身旺でものすごい木気が茂りすぎていて自分で自分をもてあましていた場合には、この庚が吉となります。ですので日主が身旺か身弱か、で見方は変わってくるのです。

この場合は壬が水源の庚から力を与えられて、つまり庚の鉱山から豊かな川の水量が流れ出ていると観ます。

ここでも同じように日主が身旺か身弱かで吉凶が分かれる場合もありますので、一つの星の関係性だけで全体の吉凶を決めてしまうと誤占につながる可能性もあるのですが、あくまでこのケースでは、ということで見て行きます。

日主と他の天干との関係(天干通変星)
日主と地支の中の通変星(蔵干通変星)

のどれかだけで判断するのではなく、「それら全体」の五行の総合バランスを見たうえで、一つ一つの星の意味を観て行きます。

その時に特に大事になってくるのが身旺・身弱という点です。

身旺(みおう):日主のある一番上のところ、比劫(ひごう)がほかの五行のある通変よりも強い状態。

身弱(みじゃく):日主のある比劫が、他の通変よりも弱い状態を言う。

今まで四柱推命が20~30年かかって勉強してもそれでも会得できるかどうか分からない難しい占い、と言われてきたのはこの「五行全体のバランス」を意識するかしないか、ここに気付くか気付かないかがカギだったと私は思っています。

これまではこの点についての公式はなく、師匠の見解や意見に従うしかなかったのでその考え方の分だけ流派があって意見が分かれていたり、学んだとしても鑑定できるところまでには至らなかったのではないかと推察しています。

たとえ巡りくる星が一緒でも、この身旺か身弱かということで結果の判断は四柱推命の場合は全く正反対になることもあるのです。

この「命式全体の五行バランス」を見るという視点を持つかどうかで、四柱推命で鑑定できるかどうかということが分かれてきたのです。

ですので最初に四柱推命を学ぶときには、個々の知識よりもまずはこの点を意識すればここまで学んできたことや常識として知っていたことなども全てが花開くポイントにもなります。

あと次に問題なのは、「ではその五行バランスはどのように判断するのか?」ということです。

これに関しても、今まではそのバランスの出し方の違いの分だけ流派の数があったのですが、ここではなるべく簡単に、しかも確実に四柱推命からの吉方位を出すために十干十二支気学としての五行バランスの出し方の見解を本に書きました。奥深いところではまだまだ書き足りないところもあったのですが、それでも詳しい人からは「笹木さん優しいねぇ。ここまで惜しげもなく書くなんてさ」と言われたりもしましたが、今後もボリュームが多い内容なのでネットには書かず、本か講義の中で伝えていきます。

そのような計算方法で五行のバランスを出して、命式の推命気温を快適にしつつパワーバランスを整えてくれる星は何か、という視点から運命を調律してくれる星を探して行きます。

 

巡りくる運勢、大運(たいうん)・歳運(さいうん)

原命式のもともと生まれた時に持っているエネルギーの数値を出したら、今度はそこに巡りくる運勢の大運と歳運の影響も加味して見て行き、「現時点での」命式の五行エネルギーバランスを見て、そこで必要な気を出してからいつどの方位にそれが巡っているかを探し出して、吉方位採りをしていきます。

原命式(げんめいしき)・・・八字から五行バランス図に掛けてを丸で囲む。生まれた年と月と日と時間の各干支の五行エネルギーを通変ごとに合計した状態。

大運(たいうん)・・・10年ごと(さらに詳しく見れば干で5年、支で5年)に巡りくる運勢です。

歳運(さいうん)・・・1年ごとに巡りくる運勢。2015年であれば乙未年、2016年であれば丙申年という風に、これは全人類共通で巡ってくる運勢です。

これらの原命式と、廻り来る運勢(大運と歳運)を合計した木火土金水のエネルギーの推移によって運勢を見て行きます。

最も大事な点 五行エネルギーバランスを観る視点(まずは推命気温、その次にパワーバランス法にて)

では身旺と身弱はどのように判定するのか?ということに関しては、細かいことを言えば「人の数だけ法則が存在する」ということになるので細かく見ていけばきりがないのですが、ここでは基本の大原則のみを述べていきます。

なぜなら一から学んでいく際には基本の原理原則から見ていきませんと、細かい実例だけ見て行っても混乱するだけだからです。

命式の五行エネルギーバランスを観る際には、日主が身旺か身弱かを見ることがポイントだと述べてきました。さらに言えば、一般的には

身旺:印星+比劫>食傷+財星+官星

身弱:印星+比劫<食傷+財星+官星

と言われています。

しかしこれには例外もあります。

一般的には、

五行エネルギーは、木→火→土→金→水の時計回りの順番で巡っています。

自分のエネルギーを増やすのは、自己の本質を表す比劫と、自分にエネルギーを与えたり守ってくれる印星の要素です。

食傷とは、自分からエネルギーが出ていき表現や産み育てる要素

財星とは、自分が身を低くして努力して手に入れたり、自らの意志で剋したり刈り取って手に入れる事柄を表すもの

官星は、自分を制御したり圧迫したりして整える働き、

印星は、自分を守ってくれたり学びや導いてくれる存在、時にスピリチュアル的な物事や神仏などを表すこともあります。

しかし印星+比劫 が自分のエネルギーを増やす側からと言って、例えばあまりにも比劫が小さくて印星が大きすぎた場合は「身旺の身弱」、または「印星大過」と言って必ずしもいい働きをするとは限らず、逆に自分自身が埋もれてしまいこの場合は過保護に守られたり必要以上に甘えたりする癖を生むというようによくない働きをすると観ます。

たとえば自分が生まれたのが裕福な家や大きな会社を経営する家で、親がなんでも過保護なまでにやってしまってくれたり、大きな会社の中で安住していたり、自分が跡継ぎで自然に戻ってきて入社してあまり自分のバイタリティーを出さなくなったり、または頭で学んだ知識に頼りがちだったり神仏への信仰心が過度に過ぎたり、というケースが本人の自立心を押さえてしまうことにつながったり、という場合です。

ですので印星から比劫へエネルギーが与えられる場合には、比劫がある程度力を持っている中で自分のキャパシティーと同じかまたはそれ以下の応援の力で自分らしさを失わない範囲内での印星からのエネルギー流入が、適度なバランスが取れているということなのです。


「自星」(日主と同一五行)― 自我、自己主張、独立、積極性、兄弟。
「食傷」(日主が力を漏らす五行)― 表現、優しさ、気兼ね、技術、反発心。
「財星」(日主が剋する五行)― 計画性、情報、財産、移動。(男性の場合、妻や恋人)
「官星」(日主を剋しにくる五行)― 仕事、重圧、自制心、出世、(女性の場合、夫や恋人)
「印星」(日主に力を与えてくれる五行)― 引き立て、知恵、資格、気まま、甘え。

自分の生まれた日の日干=日主(にっしゅ)から見て、自分が身弱で弱ければ、強めてくれる「自星」と「印星」が来た時が吉で、自分からパワーが出ていったり圧迫される要素である「食傷」や「財星」や「官星」が来た時が凶、

自分の日主がもともとの原命式で強い身旺であれば、自分のエネルギーを周りに配分してバランスが取れる「食傷」や「財星」や「官星」が来た時が吉、自分をますます強めてしまう「自星」と「印星」が来た時が凶と観ます。

ただしこれもあくまで大きな大前提からの視点であり、細かく言えばまず命式全体の推命気温を観たうえでそれを心地良い温度にして命式を快適に整えてくれる働きをする星を、その次にパワーバランスを整える星を、というようにして最終的には十干同士の相性まで見たうえで、巡り来るその気が本当に自分にとって良い働きをするかそれともそうでないかを判別していきます。

内格と外格

五行バランスを見る際に大事な5つの通変の観方、これは大きな括りで見ますと普通格局(ふつうかっきょく)=内格(ないかく)としての観方になります。

内格とは、5つの通変がある程度のエネルギーを持っていて、その五行のバランスを取っていくのが良いとされる命式です。

これに対して特殊格局(とくしゅかくきょく)=外格(がいかく)というものがあります。

特殊と言うだけにこちらはごく限られた条件、つまり五行のうちある一つの通変にほとんどのエネルギーが偏ってしまって、どう運勢が来ても五行バランスを整えるのが難しいと思われる命式のことを言います。

はっきりとは言えませんが、これまでは全体の約1割がこの外格に該当するのではないかなどと漠然といわれてきました。

しかしこれに関しては多少横道にそれますが私の鑑定の経験から言いますと、実は意外と外格として生きている人や、潜在的に外格としてのポテンシャルを秘めているがいつもはそれを押さえており発揮していない人、というのはおそらく世の中全体では二割強いるのではないかと思われます。完全にその資格を発揮して大活躍している人は確かに1割弱にも満たないと思いますが、潜在的予備軍まで入れれば2割強ではないかと現時点では思っています。

そして時にはこれまでの説では驚くような、天干に外格として偏っている多い気の干がなくても、地支のみである一つの気が構成されていた場合、大運でその多い気の天干が来た時に爆発的に開運したり、またはその天干を吉方位で取りに行ったり、その気の天干を多く持つ人と交流するとそこから運気が開けてきて、過去に大運で求める天干が来た時と同じように爆発的に開運したり、ということが実際にはあるからです。

そのように十干十二支気学では、方位採りにより廻座している干支の採り方次第で四柱推命の法則の実態や、諸説紛々している理論の結果を検証することもできます。(これはこの四柱推命 超・入門編の範疇からは外れ過ぎる内容ですのでまた別な機会に筆を譲ります)

☆普通格局としてのバランスの採り方

ここが大事な点になってくるのですが、これについては書籍「十干十二支気学」の四柱推命の章に大量のページ数で書きましたので割愛させて頂きます。

一応簡潔にポイントのみを振り返りますと、まず原命式のエネルギーバランスを出したあと、そこに現在の巡りくる大運と歳運の星のエネルギーも加味します。

天干同士の相性は、本の中の十干対十干の相性論で見て行き、

地支は、十二支の法則の方合や三合、冲などの要素を中心にバランスの増減を加味し、今がどの通変のエネルギーが大きくてどこが小さいのかを見て行きます。

普通格局の場合は、「基本的には」日主が弱い場合は強くしてバランスを整えるため全体に対して良い働きをしている星を助け、日主が強い場合はますます強めるようなよくない働きをしている星は抑え込むか、次の通変に力を流して行きバランスを整えていきます。

全体の約8割の内格に対し、残り2割ほどは外格と呼びます。エネルギーバランスを取ろうとしてももうかなり偏っているので取りきれない場合は、さらにこの偏りを強めることに専念した方が良いという命式です。

外格5種の呼び方としては、偏る通変の箇所により呼び名が五つに分かれます。(これに関しても各流派ごとに名前が違いますので、あくまで十干十二支気学で呼んでいるケースの名前です。)

従旺格(じゅうおうかく):自分の日主のある通変に、十干十二支が集中している命式。ひたすら「棄命(きめい)」で私心なく自分自身のやりたいことに没入して追求し、時には道なき道を切り拓いていくことで大きな成功が得られる命式です。

従児格(じゅうじかく):ひたすら「棄命(きめい)」により私心なく自分のこだわりや技術を追求していき、心地良いと想える事柄やモノ作りなどに集中していったときに大きな幸運と成功が手に入る命式です。

 

従財格(じゅうざいかく):ひたすら「棄命(きめい)」により謙虚に身を低くして、社会や周りの求めるニーズに合わせてその求めるものを提供し貢献していくことに全力を注いだ時に、大きな財を得られる命式です。

従殺格(じゅうさつかく):ひたすら「棄命(きめい)」により謙虚に組織や周りの体制に貢献し、自我を捨てて自分の与えられた役割に特化し、殉じて生きていくことにより大きな成功が得られる命式です。

 

従強格(じゅうきょうかく):ひたすら「棄命(きめい)」により自我を無くし、自分に力を与えてくれている親や組織や会社、または神仏への信仰心などに自分という意識を捨てて帰依したり家庭を持つことをあえて拒否して、身を捧げ尽くすことによって大きな力と成功を授かる命式となります。

ただしこの最後の従強格は、この現実社会に生きる上に置いては最も成立しにくい命式です。該当する人の比率も少なく、私が今まで見てきたところ親代々の会社の跡取りや偉大な宗教家などに稀にいるくらいです。そのように普通に生きていて志を立てなかったり覚悟を養っていない場合には成立しにくく、その場合は内格として観ればなかなか踏ん切りがつかなかったりその割にはグダグダとしたところに執着しやすかったり我がままだったりして物事がうまくいきにくいという、身弱の極致となります。これを成立させるには「捨てる覚悟」「思い切りの良さ」「捨て身の清水の舞台から飛び降りるかのごとき行動力」「大きな存在に身を捧げ切る透徹した志」などが必要となるのですが、それは現実社会においては極めて難しいこともあり、この外格の型は無いとみる流派もあります。

ここまで述べてきましたように、四柱推命で全体を大きく分けた二つの型を振り返りますと、


内格・・・普通格局 : 五行バランスを整える方向に持っていくのが良い命式です。(ただし五行をまんべんなく偏りをなくし、等しくしていくのが良いということではありません。言い換えれば命式が本来持つ個性を発揮できるような美しい偏りの状態にすることを優先する、ということになります。)

外格・・・特殊格局 : ある一つの通変にエネルギーを集中し、それを阻害する要素を時に剋したり時に流したりして無くしていき、多い気はさらに強めてその役割に特化して生きられるようにすると良い命式です。


ということになります。

しかしこれらは元々の原命式だけで分かれているわけではなく、本人の志や生き方、小さい時から生まれ育ってきた環境、過去の運勢の吉凶の推移の順番などにもより、どちらの要素を発揮して記憶に残して生きてきたかにもより原命式だけ見れば内格だけれども外格的に生きている人や、その逆で外格として生きた方が大きな成功が得られるのだけれどもそれが非常に苦痛だったり失敗したくないのでものすごく保守的になって内格として生きている人、というのも世の中を見てみると実際にいらっしゃいます。

つまり元々の自分の向き不向きだけではなく、生き方もそこに加味したうえで運勢を見て行かなければいけないのです。確かに自分の持って生まれた素質に合わないと多少生きづらさはあるのですが、そのように持って生まれた格局だけでは命式のタイプは決められず、浅野先生曰く「生き方=格局は自分で選べる」つまり自分の意志で生き方を選んでいるのです。

ですので鑑定の際には、生まれた後の努力や成長、本人がどういう選択肢を選んできたのか、それが端的に表れる「どの方位を採ってきたのか」を観ずして、生年月日だけを見てその人の命式をうんぬんするのは本当は鑑定の出発点自体が不正確であり、同時に鑑定が外れる要素も内包しているのです。

双子でも違う運勢を生きるケースがあるのは、このように育った環境や生きてきた人生の足跡、名前、またはこれまで移動してきた方位の履歴の影響などにもより、人生は後天的要素の違いを受けることにより変わってくる可能性があるからです。(注:ちなみにわたくし笹木の妹は双子、一卵性双生児です。これまでの二人の人生を小さい時からずっと見てきて起きてきた出来事は病気になった時期まで同じなのですが、しかしある時期 一人が海外に転勤となり引っ越しをした後は、引越し前と比べてその後の二人の人生が大きく変わってきたということまで検証したうえで、現在の意見にたどり着いています)

そこで一つ、特殊格局=外格として生きていき大きな力を引き出すために必要なポイントがあると感じていました。

これを押さえれば大きな成功が得られますし、逆にないとむしろ身弱の極みとなりますので非常に強い生きずらさ、生きにくさの方を感じることにもなります。

その外格として生きるかどうかのポイントとは、私は「棄命(きめい)」ということだと観ています。

棄命とは呼んで字の如し、命を捨てる、つまり命と同じかむしろそれよりも大切な「自我=心の小さなプライド」を捨てるということです。自我を捨てた後はどうなるのか?自分個人の幸せを満たす生き方は捨て、その集中している通変の意味する役割に準じて生きる、身を捧げる生き方をするということです。たとえば社会の役に立つものの開発や発明に人生を掛ける、とか神仏へ帰依してそこから生じる使命に全存在を捧げる、などです。

そうした覚悟をし、日々志を立て続ける生き方を実行した時に、通常では得られない大きな成功が得られます。しかしひとたび成功を手に入れたあとで自我が出て外格としての条件が崩れた場合には日主が身弱の極みとなるので、気が単一の結晶体に近い分巡りくる気の影響を良くも悪くも受けやすい体質ゆえに、たとえばそれまでの人生において築いたものがあっという間に崩れたりという風にもなります。

ですので外格とは大成功と大失敗といった天と地の差を味わいやすい、または良い時期と悪い時期の差が極めて大きく出やすい命式ということでもあります。

まず多い通変にさらに気を集中させる運気が巡ってきて、なおかつこの棄命=小さな自我を捨てる「覚悟と志と実行」という条件をクリアした時のみ、外格として生きることが出来ます。

しかしこれは全体からすればあくまでも特別な場合のみで、しかも人生において元から特別な使命を持って生まれてきた人のみが自分でもそれを自覚し、志を立てる生き方で覚悟を貫けた場合のみに成立することです。

その資格のない普通の人がそれを真似て出来るものでもありません。しかも大きな運気を得たからと言ってそれを自分の小さな自我を満たすように使ってしまっては、いわば砂上の楼閣の上に築き上げたものはあっという間に崩れ去ってしまいます。

自分自身の満足を求め、バランスの良い成功と安定感を得るためには通常は普通格局として巡りくる大運や歳運の中でどのような気が来ても、常にそれを補いカバーするための考え方や方位を採って、命式が安定的に良い状態を作っていくのが良いのです。